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美しい日本

 5月26日に日本将棋連盟の会長に再任。世の中が百年一度の大不況とかで、その中のカジ取りは大変です。
 私の政策は普及第一主義です。これからは将棋ファンを増やす。殊に子どもファンを増やすことが急務です。それには将棋だけでは不十分で、日本の伝統文化である囲碁やお茶、お花も交えて共同戦線を張る必要があります。
 折りしも今国会でその予算が取り沙汰されています。平成12年に文化芸術振興基本法が制定され、将棋もその仲間入りをしました。衆院を通過した原案通り参院も通過すれば晴れて事業計画を作成することが出来ます。
 という訳で、将棋界の中でも忙しいし、横の諸団体とも連絡を取り合ってと大忙しです。

 第一回普及会議を5月27日に開き、5月29日には担当者協議。そして週明けは外部へも出掛けてとテンテコ舞いです。体が3つくらい欲しいです。

ポリープ

 棋士総会も終り、6月へ入ってからは一段落したので、かねてから懸案だった入院をしました。
 実は数年前から胃にポリープがあることが分かっていたのです。私の身体にはもう一ヶ所。肺にカゲがあります。子供の頃に結核になって、本人が知らない間に治った痕跡らしいです。時々胸がキュンとなるのはそのせいでしょうか。
 最近は半年に一回の人間ドッグです。前立腺癌の指標だったPSAの値をチェックするためでした。検査のハイライトは何と言っても胃です。これはバリウムを飲んでレントゲン写真を撮るのです。タテからヨコからナナメから。胃袋だけで他の検査の全てに匹敵するように感じます。そこで最近の流行である胃カメラを選択するようになりました。半年毎に交互にやるのです。
 ポリープは良性とのことで、放置しておいたのです、どうも胃の中にきのこが生えているということらしい。医師は「何時かは取りましょう」と言っていましたが、そのまま放っておきました。
「氣になりませんか」
「ぜんぜん」
「私だったら切除しますけど。その方が氣にならなくて済むでしょう」
 そんな問答を繰り返してはいたのですが、何しろ日本将棋連盟会長というのは忙しいのです。前立腺の治療の時も、退院の日に竜王戦の天童出張が行程表に入っていたくらいでしたから。

 6月4、5日の二日間入院して取り切ってもらいました。4日の午前入院して、その日のうちに手術。といっても10分足らずですけどね。口から管を入れてチョキチョキだけです。
 5日は様子見です。出血やら何か異常があったらそのまま入院でしたが、退院許可が出てホッとしました。
 困るのはこれからです。2週間は食前食後に飲み薬と錠剤を飲む。これは大丈夫です。しかしアルコールも禁止。コーヒーも駄目。レバ刺しをニンニクのタレで食すのも駄目。これが辛い。一ヵ月の辛抱です。
 折角お誘いいただいているのですが、この一ヵ月はお酒は一切飲めません。

 明日7日は仕事。8日は早朝から夜8時まで仕事。そのあと打ち上げですが、私は早々に退席予定です。皆さんよろしく。

元氣

 6月7日は半日、6月8日は丸一日働きました。それぞれの日記をお読み下さい。
 至って元氣になりました。昨日は名古屋でJTの将棋日本シリーズの前夜祭。旧知の河村たかし市長も顔を見せてくれました。

 前立腺癌については癌ノートを読んでいる人が多いんですね。本日更新しました。
 「友の会」のようなものを立ち上げるか、作るかしたいです。悩める同胞達に生きる力を与えたい。私もその力を戴きたいと思っています。

囲碁

 面白い企画になりました。大阪の近鉄デパート阿倍野店で私が囲碁を打つのです。囲碁の美人女流棋士と私が囲碁を打って武宮正樹先生が解説。それが囲碁まつりの最終日です。
 翌日は将棋まつりの初日。武宮正樹先生が将棋の美人女流棋士と将棋を指し、私が解説をする。
 囲碁は8月11日。将棋は8月12日。

 私は将棋は負けるのはともかく、囲碁だけは弱いと言われたくない。これから勉強したいのですが多忙です。思うようにはいかない。
 そんな人のための上達法がある。それは新聞の囲碁欄をじっと見ることなのです。そうるすとなんとなく本筋が分かってくるんですね。将棋も同じです。
 みんな、私の応援に来てね。

感動した「お礼の言葉」

 強い衝撃、深い感銘を受けました。奥様のお礼の言葉に参列者一同は声も出ない。私の隣りは日本テレビ社長、その隣りは日経新聞社の杉田会長でしたが声も掛けられない。三人とも何か胸の中から突き上げてくるものをこらえていたからです。

 水上健也(みずかみけんや)氏の読売新聞社葬は6月24日青山葬儀場で行われ、約1000名が参列しました。いずれも各界の名士ばかりでしたが、私が末席に参列しましたのはお礼を込めてです。
 竜王戦は今年で22年目です。当時副社長だった水上さんのご尽力で大型棋戦が誕生したのです。この時のご恩を将棋界は決して忘れてはならない。

 弔辞は読売テレビや日本テレビの偉い人が述べた。日本テレビの氏家斉一郎さんの「健ちゃん」に始まる弔辞も胸を打つものでありました。
 読売は本社社長内山斉様が葬儀委員長の挨拶をし、奥様の富士子様のお礼のご挨拶になりました。故人は83才でしたから、70代後半かと思いますが、とても若々しく見えました。
 お礼の言葉は一言ずつ語りかけるようであり、故人の遺言をそのまま静かに、しかし力強く丁寧に読み上げるかの如くでした。
 会場内はシーンと静まり返った。お礼の言葉は二人が同志なのか、友達なのか恋人なのか、夫婦なのか、いずれとも分からぬほどのものでした。私はそこに菩薩を観た思いがしました。
 
 故人のご冥福を心からお祈り致します。